WRITER本社 業務部 鈴木雄三
夏といえば夏祭り。まあ それぞれの地域でいろんなお祭りが実施されていることと思いますが、私の済む町内でも昔から伝えられたお祭りが引き継がれて毎年この時期(今年は7月の28日(土)と29日(日)の2日間)行われます。私は岡山市中区祇園というところへ住んでいます。祇園?京都に住んどるん?と言われたこともありますが、ここに素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)という神社があり、ここで毎年夏にお祭がおこなわれています。
・ ・・この辺りは百間川遺跡 例えば
原尾島遺跡:縄文時代から室町時代にかけての集落郡群が発掘されたり、
沢田遺跡:弥生時代から古墳時代前期にかけての集落群が発掘されたり、
などで知られる古い遺跡が発掘された場所の少し北西へ行ったところにあります。自身子供の頃からあちこちで橋が整備されていましたがその工事の都度遺跡が出ては工事が止まり、その繰り返しで一つの工事が終るのに結構な日数が経っていたことを覚えています・・・。
話がそれましたが、現在につながるこの素盞嗚神社の夏祭りは古くは岡山藩主池田綱政が京都から祇園社を改めて歓請した正徳2年頃(1712年頃)が始まりだそうです(実はこの文章を書くまではこんな古くからとは知らなかったんですが・・・)。
町内の子供会の子供たち(小学1年生から6年生まで)がお面を被りはっぴを着て、その中の大将(基本的に最上級生)が天狗の面を付け、朱の服をまとい、5メートルほどの笹を地面にうちながらだんじりを先導して境内へ入ります。境内では備前太鼓唄にあわせて大人が獅子舞をして獅子から子供たちが逃げ回るというものです。自身も小学生の間これに参加していてこのお祭を楽しみにしていたものです。
今は獅子に入り子供を追っかける役ですがこの獅子が結構な重量で5分もすると腕のだるさと暑さとで倒れそうになります。当然大人と中高生がかわるがわる獅子を扱うのですが。
今は私もこのお祭りの実行委員のメンバーとなっていて7月に入ると毎週日曜日は準備の打合せやら備品夏祭り3の準備、屋台(やきそば、ヨーヨー、金魚すくい、綿菓子等々)の準備で忙しくなります。実行委員の20数名くらいの大人と町内のお母さん方で準備を行います。最近は新しい住宅も増え、引っ越されてくる方もおられて結構にぎやかな会議になります。お祭りの最終日の日曜日は夜9時頃迄お祭りが続き、そのあと一斉に屋台やらテントやら提灯などの片付けです。結局夜11時頃までかたづけに追われて、汗だくのへろへろ状態で解散になります。次の日は当然のごとく月曜日で・・・仕事があるわけで、毎年「これで明日仕事になるのかな」と思いながら帰るのです。
ただこのように伝統のあるお祭りを昔の人から現在まで引き継がれている、そして今後も引き継いでいくことは重要なことであるし、地域のみなさんとの交流も持てるし、なんといっても子供たちから元気をもらえているのは確かです。今後も自分たちの世代から自分の子供たちの世代、そして将来まで引き継いでいってもらいたいと思います。
オーエム機器㈱ 本社 業務部 鈴木雄三