昨年10月、岡山県公安委員を退任した。三期九年の任期のうち、2ヵ年は公安委員長を務めた。公安委員とは、県警察を管理する職務を仰せつかり県警本部長の上位に位置付けられた組織である。公安委員の構成は県知事推薦三名、政令都市になってからは市長推薦二名が追加されて五名で活動している。
私たちの子供の頃は、イタズラするとよく母親に「おまわりさんに言いつけるよ」と叱られたもので、子供心に「警察官には出来るだけ近寄りたくない」という気持ちがあった。大人になり仕事の関係で地元警察署の交通安全や外国人対策などで少なからず関わって来たものの、公安委員となりこれほど警察と緊密な関係になろうとは夢にも思わなかった。
第二の人生の始まりの九年間を公安委員として過ごし、社会に少しでも貢献できたことは本当に幸せに思っている。
公安委員になって、警察組織の素晴らしさを知ることになった。充実した教育制度、質の高い人材、統一的組織運営、そして強い連帯感は、民間企業に比較して目を見張るものがある。公安委員の羨望の的でもあった。しかし一方で、物事には必ず長短があり表裏一体であると言われるが、公安委員としてその点を考慮したアドバイスを行う必要もあった。
人材の質の高さは、強い使命感と高いプライドを持った人が高倍率の採用試験に合格し、昇進試験に合格すると昇進できる実力本位の人事制度から生まれるのであろうかと思う。
私は、平素から常に自らを律する生活をして来たつもりであるが、公安委員に就任してからはそれまでにも増して気を付けた。特に、小さな交通違反や事故、トラブルに巻き込まれないよう気遣い、安全安心を最優先する生活をした。これは一生続けて行こうと思っている。
在任中に、えん罪問題で警察改革の見直しが数度行われ、その一つとして公安委員制度の充実化も行われた。嘗ての名誉職のような委員から実践する委員へと変貌し、委員の仕事は年々増す一方で、年間70数日の稼働となった。
心を痛めたことは、これまで述べたような組織気質でありながら非事案(違法事案)の発生に出会うことであった。使命感を持った優秀な人材が、長年の警察人生の中でマンネリ化したり、疲弊することによって、もしくは個人の性癖から一瞬の過ちを起こす事案は本当に残念である。法を守る立場にあり県民の範である警察官としてそれは許されることではない。高い使命感と強いプライドを維持し続けられる環境づくりも警察を管理する公安委員の仕事であった。
この間、数々の貴重な体験をさせて頂いた。その一つとは皇宮警察の視察である。華麗な護衛の騎馬隊、サイドカーなどを見学しその素晴らしさに目を見張った。そして皇宮警察の勤務地も皇居は勿論のこと、各地の御用邸から正倉院、桂離宮、修学院離宮、京都御所までと広範囲で、皇宮警察官育成のために皇宮警察学校まで設けられているということも知った。長い間自然のままに育てられた皇居の深い森を見せて頂いたことも貴重な思い出である。
公安委員を務めたこの九年間、いろいろと人生勉強をさせて頂いたことに心より感謝している。今後とも、国民の安全安心を守ってくれる警察の益々のご発展を心より祈念するところである。
公安委員を卒業した現在、この充実感を誇りに、余生をのんびりゆっくりと過ごしながら、少しでも社会のお役に立てるよう生きて行きたいと思う。